君の銃で撃ってくれ

 まるで、嵐の前のような静けさだ。
 決して安心できる治安とは言えないこの町では、深夜に理由もなくフラフラ歩いているような馬鹿はいない。
 周りに人気がないことを確認して、ラビは一人黒いジャケットに身を包み、小さな角を曲がる。

 幾度となく入ったこの路地に来るのも、今日が最後となろう。

 左のポケットからライターを出したが、路地の入り口から聞こえた小さな物音に納得してすぐに戻した。
 濃い闇の影が射して、神田がいつものように姿を見せる。
 ――これも、今日で最後となろう。

 手配しておいたホテルの部屋に彼を案内する。
 幹部じゃあるまいし、スイートなんてとんでもない、レベルで言ったら中の上くらいの部屋だった。自分の月々の給料を考えればこのレベルが妥当だったし、神田もそれに文句はないようだった。

 彼が普段住んでいる部屋は変に綺麗だ。到底オトコの一人暮らしとは思えないような家具と物の少なさ。
 その中にひとつだけあるプランターが彼の部屋で唯一色覚的だった。彼の部屋にも何回か行ったが、その植物が枯れていることは一度もなかった。
 すべて、会わなければ知らなかったことだ。

 そもそも何故出会ってしまったのだろう。
 会わなければ、こんな苦しい気持ちも味わずに済んだのに、と言っても、ここまで深く彼にはまりこんでしまった今では何の意味もない話だ。

 ごとりとやけに重い音を立てて、ラビの目の前のテーブルにボトルが置かれた。
「あれ、このボルドー……、」
 ラビの呟きに、神田は静かに目線を寄越しただけで「ああ」も「うん」もない。
 そのワインはラビが神田と知り合う以前から彼の倉庫に眠っていて、もはや置物と化していたやつだった。あまりにもいい年代ものであったために、もったいないからと、彼もずっとあけるのを渋っていた代物。
(わざわざ自宅から持ってきたのか……)
 彼の迷いのない手さばきで、コルクがあっけなく抜かれた。
「……最後くらい、良いのを開けてもいいだろ」
 そう、ポツリと言うのがまた”本当らしさ”を助長させて、ラビは唇を噛みしめた。

 明日になれば、すべてが変わり、そしてどちらか一方の”すべて”が終わる。
 お互い生きている保証はない。
 あるほうがおかしいのだ。2人とも組の中では一介の構成員にすぎないのだから。

 神田が静かにグラスを仰いだ。
 ラビも続いてグラスを軽くする。
「……ユウと刺激的な出会いをしてから、もうすぐ一年さね」
「……もう、そんなになるか」
 神田の目がわずかに細められた。
「うん」
 あの時もちょうど、窓から見える木がこのくらいの紅葉だった。
「タマくらったところにユウが現れた時は痛いの忘れたさ」
 きっかけとなった騒動事態はさほど大きなものではなかったし、むしろ日常茶飯事の部類に入るものだったと記憶している。しかし今よりもさらに下っ端の下っ端だったラビは歩兵としての役目を立派に果たし、見事肩に敵の銃弾を受けたのだった。
 まだ銃弾を受けた経験も少なかったために、今では涼しい顔をしているラビも当時は流れ出ていく自らの血に少しパニックになったものだ。とにかく、と路地に逃げ込んだところに神田がたまたま通りかかり、互いの素性がはっきりしないまま、彼に手当をしてもらったのがそもそもの始まりだった。
「その後組が違うってわかったときのテメェの顔は傑作だったな」
「あー……だってさぁ、服装とか身のこなしで同類だとは思ってたけど、まさかユウが憎き敵サマの一員とは考えもしなかったんさ」
「そういうところがいつまで経っても甘チャンだって何回言ったら理解するんだ」
「うー……すいません……」
 いつものように始まった説教にラビが小さく体を縮こまらせて、神田は小さく笑い声を漏らした。
 
 いつの間にか神田のグラスは空だった。
 ちらりと窓を見る。カーテン越しにも、まだ朝日の気配はない。
「……明日のはでかくなりそうだな」
「みたいさね。こっちもバタバタしてる」
「おいおい、オレにそんなこと言っていいのかよ」
「いいよ、このくらい。オレなんかが知ってるのはそれくらいだし」
「……オレらも同じようなもんだ」
「……こうやって普段着で向かい合ってワイン飲むのも、最後なんかな」
「護身用にでけェヤツぶら下げてるその体で”普段着”? お前等も随分弱くなったな」
「ユウだって、この間来たよりまた部屋の物整理してるじゃん、上からなんか言われたりしたんさ?」
「……てめェだってどうせ、そのくらいのことは言われただろ、」
 そのまま暫く、2人は黙っていた。

 彼の前ではいつも大事なことが喉にひっかかって出てこない。
 けれど今日こそは、と口を開いたところで、神田の声がそれを遮った。
「……だからもう、ここには来るな。たとえお互い生きてたとしても、恐らく今と明日じゃなにもかも違うだろ」
「あ、……、……うん」
 彼の現実を見据えた鋭い目つきに圧されて、ラビはとうとう、すぐそこまで出かけた唾を飲み下した。
 ただぎゅ、と拳を握りしめて、
「……今日ぐらい、朝日が来なくたっていいのに」
 と、子供のように駄々をこねるしか、今のラビに残された術はなかったのだった。


あとがき :二人ともまだ未成年ですが、お酒は普通に飲んじゃってます設定。
二人の属する組(マフィア)はお互い敵対していて、この翌日、大決戦が行われることになっています。
萌えチャでラビュで銃持ったらどうなるかって話が出て、一人で別の妄想してました(←
2010.10.26 初稿

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