あれは、我々の一族の責任だ。と、彼は吐き出すように言った。
「君にこのことを伝えるのは、正直とても辛い。けれど……彼の背負っているものに比べたら、きっとボクのは砂粒程度なのだろうな」
「ごめんさ、ただオレらも、コレが仕事だから……」
「わかっている。……我々が知っている事実を全て話す」
ラビは今、一人で目の前に座るアジア支部長、バク・チャンと相対している。
(……きっと、彼の一言々々に反応していては身が持たない)
悲痛に歪められたまま固まってしまった彼の眉と深刻な表情を見て、ラビはそう悟ったと同時に、これから語られることに対して、前もって覚悟を決めなければならなかった。
(あくまで無機質に情報をファイリングし、データ処理をする――それしか平静でいられる方法はない)
「……9年前の話だ」
***
「――、俺が知っているのはここまでだ。……お疲れ様、ブックマンJr.」
「いや、……。掘り出して悪かった」
「……悪い。この話になると……どうにも耐えられなくて」
そう言ってバクは目元を手で押さえたが、堪えきれずにこぼれ落ちた雫が、バクの制服を静かに濡らす。
そのまましばらく彼は小さく嗚咽を繰り返していた。
ラビは目の前に立ちながら、立ったまま何も言うことが出来なかった。
そして彼を迎えに来たフォーに連れられ、部屋を後にしようとしたバクが、ふと思い出したように小さく呟く。
「そうか……、今日は神田が"生まれた"日だったか」
そうだ、――そうだから、困っている。
***
教団に帰ってきたラビはまるで魂が抜けたかのようだった、というよりも、頭が抜けて心しか動いていない、といった方が正しかった。
いつの間にか廊下の壁によりかかりそこから動けなくなって、ズルズルと一人そこに座り込む。
(ユウ……"アルマ"……)
ブックマンJr.としての仕事を終えてから、ラビの心は一向に静まりを見せる気配がなかった。
まるで何かズタズタにされたように悲鳴をあげる心臓に、ラビはつくづく、自分がまだ未熟者であることを自覚させられる。けれど、何より自分が知りたかった"彼"のことを、ああそうですかと綴じて書棚にしまうなんてこと、ラビには出来るはずがなかった。
(……オレまで泣いちゃいそうさ)
ラビはそのまま深く頭を抱え込んだ。
***
「……何してる、ラビ」
その声にはっとラビは顔を上げた。
目の前には、長く伸ばした黒髪を一つに結い上げ、教団の団服を身に纏った神田ユウが立っている。
ラビは動揺を露わにしてぎこちなく立ち上がった。
「えっあ、いや、あの」
「何をそんなに思い詰めてる」
いつもの不機嫌さとは違って、貫くようにこちらを見つめる神田に、ラビはわたわたとたじろぐしかない。
「その、あの、ユウ……」
「……ブックマンのことか」
「う、うん、まぁ……さっき、バク支部長と仕事して……その……」
「バク、……オレの話か」
彼の指摘にラビは思わず黙りこくってしまったが、それはもはや肯定しているようなものだった。
しばしの沈黙のあと、ラビの異変に気づいた神田がラビの隣に立ち、同じく壁によりかかる。
「……なんでてめェまで泣いてるんだよ……ブックマンJr.だろ。オレの話聞いただけで、そんなに乱されるな」
「……けど……」
「……コムイに報告書出してくる」
「あ、ユウ」
「なんだ」
「……誕生日おめでと」
「は? ……"生まれた日"なんて、」
「でも! ……ユウちゃんが生まれてこなかったら、オレはこうやって、……こうやって、ユウを抱きしめられなかった。ユウと会えなかったんだから……だから、その……」
神田は何も応えず、ラビの言葉に耳を傾けていた。
「……好きだよ。目の前のユウが好き……、……ごめん」
気づけば勢いで彼を抱きしめていたが、その腕もだらりと垂れ下がる。
その手を取って抱きしめ返したのは神田その人だった。
「……謝るんじゃねェよ、……お前はずっとそうやって、お前の声で言ってればいいんだ」
そのままきゅ、と腕の力が強くなって、ラビはまた一筋涙を流した。
2011.6.6 Yu Kanda HAPPY BIRTHDAY !
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