いつもありがとう、の気持ち

※ アラサー設定の現代パロです


 いつもより少し遅く帰宅したラビは、別になんでもないんだけどね、と前置きしてから、どこかで見たことのある店の紙袋を差し出し、照れくさそうに言った。
「これ。ユウにあげるさ」
 一方今日は早めに仕事場から上がって、すっかり私服でくつろいでいた神田は、受け取った紙袋から出てきた、綺麗にラッピングされた小包を見て訝しげにラビを見返した。
「……なんだ?」
「ん、開けてみて」
 それはワインレッド色のネクタイだった。なかなかに映える赤だが、決して布の光沢が主張しすぎるわけでもなく、大人らしいシックな色味だ。
 ……ただ、神田の記憶違いでなければ、今日は特別何か二人の間で記念になるような日ではなかったはずなのだが。
 黒のトレンチコートを脱ぎながら、ラビは言葉を続ける。
「その色がさ、ユウに似合いそうだなーって思ったら、気づいたら買ってたんさ。ユウの職場はあんまりネクタイしないって、分かってたんだけどね」
「……値段も気にせずに、か」
「え、ラベル剥がれてなかった!?」
「いや、」
「……実は高かったの、バレちゃったじゃん」
 ソファに座ったままネクタイを物珍しそうに眺めていた神田を、ラビは上から覗き込んだ。自分のネクタイに指を差し込み緩めて、いかにも仕事帰りの雰囲気が漂っている。
「……気に入ってくれた?」
「ああ、……流れた月日を感じてた」
「まあ確かに、オレたちも結構長くなってきたさね」
 事実、この部屋に越してきてからはそこまででもないが、お互い一人暮らしだった頃から数えると、二人の付き合いはまあまあな年数になる。
 本音を言うと、神田が言いたかったのはラビが財布の中身を気にせず買い物が出来るほどになった、その経済的余裕のことだったが、あえて否定もしないで、神田はとりあえずネクタイをソファに垂らしておいた。
 そんなことは知らず、コートをクローゼットにしまってきたラビは、戻って来るなり後ろから抱きついてきて思い切り猫なで声を出して甘えてくる。
「ねえねえユウ、ネクタイ、つけてみたら?」
「今の服じゃ似合わねえよ」
「いいから、いいから」
 そう言い聞かせると、神田は仕方なさそうに立ち上がって自らの首に手をやり髪をかき上げてくれた。……その時のうなじはいつもより増して、特別扇情的で、ラビはつい、喉を鳴らした。
 はやる気持ちを抑えて、平常心、平常心と念じながら後ろから手を回して取り上げたネクタイを締め、彼を向き直らせる。自然と満足げなため息が出た。
「……うん、似合ってる」
 少し恥ずかしそうな彼の表情がなんだかたまらなくて、ラビはそのまま彼の体を引き寄せた。仕事が立て込んでいたせいでしばらく堪能できていなかった彼の抱き心地に、今日の疲れが羽を生やして飛んでいくようだ、と思う。
 それを邪魔したのは、突然振動を始めた彼のケータイだった。スウェットのポケットで存在を主張していたそれは、主人によってソファに投げられた。
「……放置してて、いいの?」
 めげずに鳴っているケータイを無視し続けるわけにもいかず、仕方なく腕の力を緩めたラビだったが、逆に神田の方から背中に腕を回され、ラビはぱちくりと目を瞬かせた。
「いい、どうせ仕事の連絡だ」
「……じゃあ、このままでいい?」
 こうやって、抱きしめたままで。腕の中の彼に尋ねると、何も言わないまでも、わずかに顔をすり寄せてくるものだから、ラビの顔はだらしなく弛んでしまう。
(こういうところはずっと可愛いんだから、もう……)


 そして翌朝、自らが起きた時には既に出かける間際だった神田を見送る際、その胸元を見て、ラビは幸せそうに口元を弛ませると再びベッドに潜り込んだのであった。

2012.3.12

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