ただ数が多いだけの任務だった。
教団へと帰る列車の窓から見える景色は既に赤く染め上げられている。その鮮やかすぎる色が、昨日までの自分の状況下を思い出して、神田は眉を寄せ窓の縁に肘をつきつつもその光景からしばらく目を離すことが出来なかった。ガタン、と一際電車が揺れたのをきっかけにやっと景色から目を離せば、またもや外と変わらないぐらいに染め上げられた赤が目に入る。
向かいに座っているラビは先程から寝に入っているのは、気配で気付いていた。背もたれに目一杯寄りかかって寝こけている彼のだらしない寝顔を見ていると、他人ながら現ブックマンの苦労とやらも少し分かる気がする。ただ、その表情があまりにも平和的で、昨日までとはかけ離れていたからか、神田は珍しく起こすのは忍びないと思った。窓から入る夕日の線が、彼だけでなく部屋自体を赤くしていても、昨日の戦場と重ならないのは何故だろう、まだ大人になりきらない頭でぼんやりと考えているうちに、神田も自然と瞼が重くなっていく。
まるで走馬燈のようだ、と、夢の中でありながらラビはそう確信することが出来た。
本業であるブックマンの記憶も記録してある脳だから、莫大な量が駆けめぐるが、それよりも自分の目の前に迫ってくるのは、明らかに教団の記憶である。それがあまりにも明白でありすぎるがために、何かにつけてブックマンから怒られるというのも自分ではよく分かっているのだが、自分だってまだティーンなんさ、と、夢の中で言ってみたりした。夢の中だから言えること。現実で言ったら、ジジイのゲンコツの前に違う人に怒られそうさ。
その「彼」の記憶が、他のと同じように駆けめぐってくる。出会った頃から変わらぬ黒い髪がなびいて走り去っていく。初めて見た彼の戦闘、初めて見た彼の食事、初めて見た彼の微笑。ラビは自分のバカさ加減に自分の頭ながら笑ってしまいそうになった。何バカというのは、もう言うまでもない。
一つ気になることがあると言えば、この走馬燈――今リナリーやアレンが通った――が、一般論的に、その寿命を終える時に流れるものだということだ。つまり一般論として進めていけば、今自分は死にかけているということになる。しかし、死にかけるような戦闘はもう自分と彼の手で終わらせたはずなのだ。これは、一体、どういう―――・・・
目を開ければ一面真っ赤に染まっていた。
その中心に、赤に染まった彼の君の姿があって、その絵になる光景に思わずヒュ、と音を立てて息を呑んでしまう。けれども、激しい動悸に似たその状態も、すぐに周りの景色を確認することで脱することが出来た。胸に手を当て、次いでこめかみにそれを移動し、心を落ち着かせる。今はすでに鬼気迫った危険はないということ、そして、ここは血の海ではなく列車内であるということを冷静な頭でもって感情的な心に言い聞かせれば、取り変わって心を支配したのは目の前の彼に対する恋情であった。今はその瞼を閉じ、彼にしては珍しく無防備に睡眠を貪っているその姿を目の当たりにして、愛しさがこみ上げるのはごく自然な事のように思われて、ラビは静かに席を立ち、彼の隣に腰掛ける。彼が起きていた頃は見ていたのであろう、窓からの景色(もう今は闇の魔の手が今にも支配しようとしている)を眺めながら、ラビはどこかで読んだ小説のタイトルをふと思い出して口元を歪めた。
2009.7.11 初稿
2009.10.13 修正
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